メカニック

1

松本は先程から入り組んだ機械を眺めていた。
知り尽くされた、無駄がない改良。
ハチロクに施された魔法は、松本を魅了していた。
そして同時に大きな嫉妬心を駆り立てていた。
手の出しようが無かったこのハチロクを、少しずつ手懐けていく事がは 松本の趣味になっていた。

よくペットは飼い主に似るっていうけど、車も似たようなものだな。
松本はひとり、車の持ち主の顔を思い浮かべて笑った。

「松本さん」
背後から声をかけられ、驚きながら振り向くと、
その声の主は、つまらそうにそこに立っていた。
松本が思っていた顔がそこにはあった。
いつもぼんやりしていて、でもハンドルを握らせれば鳥肌が立つくらい鋭い目をする。
ハチロクのドライバーの藤原拓海だった。

拓海を始めとするプロジェクトDのメンバーは、今夜、遠征の反省会という名目で飲み会を開いていた。
プロジェクトDは涼介の幅広い人脈を使って手配した倉庫を拠点としている。
ハチロクやFDは主にここで改良やメンテナンスを行っていた。
倉庫といっても、1階部分が倉庫になっている以外は一戸建てと同じだった。 トイレはもちろん、キッチン・風呂も付いている。
メンバーたちが自由に寝泊り出来る様に、ベッドまで用意されていた。

「もう終わっちゃったのかな」
松本はいつもの穏やかな口調で拓海に訊いた。
「いえ、まだみんな飲んでます。俺、ああいうのなんか苦手なんですよ・・・あんまり飲めないし」
拓海はポリポリと頬をかきながら言った。
その様子を見た松本は、ふっ、と笑った。
松本は以前から拓海が飲みの席で、居づらそうにしていたことに気づいていたのだ。
拓海はプロジェクトの中ではエースと呼ばれる存在だ。
メンバーから逃してもらえずに可哀想だと思いつつも、無理やり飲まされている拓海を見ているのが楽しかった。
(我ながら良い趣味では無いとは思っているけど、ね)

「松本さんの方は終わりましたか?」
ハチロクのメンテナンスでどうしても今日中にやりたいことがあったので、松本はこちらを終わらせてから反省会に参加することになっていた。
「大体終わったよ。少し足弄ったから、明日またデータ取ろうね」

以前は、拓海の父がハチロクをあれこれ弄っていたらしい。しかし、プロジェクトDに入ってからは松本がそれを請け負っている。
拓海がどれどれと松本の近くに寄ってきたときに、ふぅっと酒の香が漂った。よく見ると拓海の顔がほんのりと赤い。
「もしかして、酔ってるのかな?」
「え、酔ってなんかいませんよ。そんなに飲んでないし。・・・けど、なんか熱いかな・・・」
頬を触り熱を確かめている拓海を見ながら、松本は拓海がいつもよりは多く飲んでいるのだと悟った。
「ちょっと風に当たろうと思って降りて来たんですけど・・・やっぱ暑いな。上脱ごうかな」
そう言って拓海は来ていたパーカーを脱いで半袖のTシャツ一枚になった。
倉庫の冷えた空気が気持ちいいのか、拓海はひとつ深呼吸をした。

松本には以前から思っていたことがあった。
拓海は、涼介とも啓介とも違う、なにか特別な魅力を持っているようだ、と。
説明しろと言われると言葉に困るが、ある瞬間、ふと、人を惹きつける瞬間がある。
例えば、今。
まどろんだ息を吐き出して解放を楽しんでいるかのような表情を見せている。

触れてみたい。

ふいに、松本は拓海を後ろから抱きしめた。
拓海は少し驚いた様子だったが、酔いのせいか頭が働かないようにぼうっとしていた。ここの所共にに行動することが多い松本には、人見知りの拓海でさえ心を許してくれているようだった。
松本はそれを感じ取り、密かに満足感を味わっていた。
しかし、事態は急変した。
松本の手が、拓海の腹を這い、次第に股間を這い出したのだ。
「!?」
気を許したとはいえ、こういう冗談の好きではない拓海は身を固めた。
やめてください、そう言おうとした瞬間、松本の手がぎゅっと拓海の股間の塊をつかんだ。
「っ…!」
「楽しいこと、しようか。」
松本は拓海のうなじに顔をうずめながら呟いた。

その時、拓海は松本がいつもとは違う笑顔を見せていたことに、拓海は気づいていなかった。


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