目撃者 啓介は知っていた。 兄の涼介は秀才で、なんでもソツなくこなすとても器用な人間だ。 中学・高校も常にTOPの成績で、大学も困難とされている国立大の医学部に余裕で入学した。 そして大学に入ってからだって、趣味の車も勉強も、うまく両立させている。 啓介は兄が完璧だと思っていた。 「涼介、ちゃんと寝てるの?顔色が悪いわ」 夕食で久しぶりに家族4人が揃った。 何日かぶりにまともに顔を合わせて、母親はそんなことを言った。 「大丈夫。ちゃんと寝てるよ」 長男は軽く微笑んで母に答えた。 「そう?ならいいんだけど・・・。涼介は集中すると食事も採らなくなっちゃうから心配なのよ」 「ホンっと、信じらんねぇよ。アニキの集中力は」 次男が横から会話に入り込む。 「啓介にはムリよね」 「・・・ひでぇ」 落ち着きが無くて、一箇所にじっと座っていることすらガマンできない手のかかる次男坊。と、啓介は両親から思われているようだ。20を過ぎた今でも、何かと世話を焼かれて子供扱いされている。 けれども兄は――――――――――。 階段を上がりながら啓介は兄の顔を見ていた。 「なんだ。何か付いてるか?」 「いや・・・やっぱアニキ寝てないだろ」 最近夜遊びをしている啓介が、3時4時に帰宅しても兄の部屋の明かりは点いている。 勉強にしては効率の良くない時間帯だ。 「レポートとプロジェクトでやることがいっぱいあるんだ。仕方がないだろう」 「やっぱり。でもやっぱヒトってのは寝なきゃ生きれねぇんだろ?程々にしてくれよ」 兄は自分の身を案じてくれている弟に極上の笑顔を見せる。 ――――大丈夫―――――。 啓介はこの笑顔が大好きだ。心の底から安心できる笑顔。 少し顔が熱くなっていくのに気づいて、兄を抜かして自分の部屋までダッシュした。 涼介も部屋に入り、ドアを閉める。 その途端、激しい眩暈が涼介を襲った。 「やっぱり・・・ダメか」 涼介はもう丸4日間、寝ていなかった。 自分でも危ないと思う眩暈に襲われたことも何度かある。 寝なければと思ってベッドに横になったこともある。 けれども、身体が眠りに落ちてくれないのだった。 人間の集中力の限界など涼介は知らなかったが、よくこういう事態に陥ってしまう。 精神が常に昂ぶり、眠る状態になれない。 そして、ひとつため息をついて、携帯電話に手を伸ばした。 「もしもし――――――」 啓介は午後の講義が急に休講になり、時間を持て余していた。時計を見たら午後3時を回ったところだった。 「今日はもう帰るか・・・」 ここのところいつも帰りが遅かったので、たまには家で兄と話がしたかった。 涼介はレポート等を作るときは家に篭るのが常になっている。ここ2・3日も家に居たようだし、今日も居るはずだ、と啓介は思った。 「アニキ・・・レポート終わったかな。」 「あれ?」 玄関前で不測の事態が起こった。 鍵がかかっている。 「アニキ出かけたのか?」 ガレージの方にまわると、FCは置いてある。 仕方なくガレージに置いてある合鍵で玄関を開けた。 目に入ったのは、ゴツイ男物のスニーカー。啓介のものではなかった。 「・・・客?」 啓介は階段を上がると耳を疑った。 確かに聞こえた。 「・・・?」 兄の部屋からだ。 ・・・でもあれは・・・。 兄の部屋から聞こえてくるはずがない。 兄がそんな不用意なことをするわけがない。 ――――――喘ぎ声が聞こえたなんて。 高橋家は、決して壁もドアも薄くはない。 それでも洩れてくる、声。 啓介は自分の聞き間違いだと言い聞かせながら部屋に入ってベッドに突っ伏した。 また、聞こえてくる。 さっきよりも鮮明に。 隣の兄の部屋から響くベッドが激しく軋む音と声が啓介に妄想を抱かせる。 それから、玄関のスニーカー。 啓介は考えたくなくて、でも、知りたくて。 意を決して兄の部屋のドアの前に立つ。 深呼吸をして、そっと注意深くドアを開けてみた。 暗がりの中に目を凝らし、そして今度は目を見開いた。 目の前でカラダを重ねているのは、兄と・・・・・啓介も知っている男。 須藤京一。 須藤は激しく兄の体を貫いて、兄はそれに応えるように跳ねていた。 啓介は声も出せず、目もそらすことができなかった。 瞬きも忘れ、ただ、兄と須藤の獣のような行為を見ていた。 「きょ・・う、い・・ちっ、」 「もっと・・・欲しい、のか?涼介」 「ん・・っ、」 兄はまるで無抵抗で、どう見ても同意のうちにやっているようだった。 (アニキ・・・?なんで?) 「きょ・・いち」 「もうイきたいのか?は、ん、いいぜ・・・イけよ、涼介」 啓介は、京一の涼介に対して甘く囁く言葉に耳を防ぎたくなった。けれど身体が硬直して言うことを聞かなかった。 (嘘だ、こんなの。だってアニキが・・・) 「ああっ、は、京一・・・っあ!」 須藤が仰け反り、涼介が大きく痙攣したのがわかる。 啓介は、軋むベッドの音が止んだのに気づいて我に返った。 そして、心無しか重くなった足で自分の部屋に戻った。 (アニキ、どうしちゃったんだよ・・・。男と・・・) 耳の奥で、さっき聞いた兄の声と須藤京一の声が反芻する。 啓介がベッドに腰を降ろしたとき、気づいた。 ―――俺、勃ってる・・・・? 啓介は顔がカッと熱くなった。 啓介は下半身の熱を帯び始めている部分に布の上から触った。頭の中に残る2人の声を、いや、兄の声を思い出しながら、啓介はトランクスの中に手を入れた。 (さっきアニキ、イっちゃってた・・・よな?) (須藤と付き合ってんのか?) いつもよりも早く固くなる自分に、罪悪感を感じながらも、啓介は手を早めていった。 (アニキも自分でこーゆーコトしてるのかな) (アニキ、セックスのときあんな声出すんだ) (男とセックスするって、どんな感じ・・・?) 啓介は強くなる快楽の波に合わせて、更に手を早めた。 目の前に浮かぶのは兄の乱れた姿。女が自分にするように兄は自ら脚を広げたりするのだろうか。あの切ないような喘ぎ声は本当に兄のものだったのだろうか。 啓介は、頭の中でいろいろ考えたが、快楽で思考が繋がらない。持て余す熱を開放したい本能で自分を扱き、頂点に達した。 自分が吐き出した液体は、とても汚いもののように思えた。 エンジンの音に気づき、啓介は目を覚ました。 あの音は涼介のFCのものではない。 須藤のものだと思った。 啓介はしばらく天井に目をやり、音が遠のくのを聞いていた。 気だるい身体を起こして、啓介はまた涼介の部屋の前に立った。 「アニキ・・・」 返事は無い。 ドアを開けると、そこには深い眠りに落ちた涼介が居た。 |