Novel > > In the Room > > 1 玄関に足を踏み入れた瞬間、啓介はどきっとした。 午前2時。 現在の気温はマイナス2℃。先週は市部にも数センチ雪が積もった。そのときに道端に寂しく残された雪を喜ばせるかのように、一時間ほど前から雪が降り始めている。 冷えているはずの空気が暖かく感じたのは、この男の匂いがしたからだ。 パチリ、と音がして視界が明るくなった。 部屋の奥から振り返る男が居る。 「あがれよ。茶ぐらい淹れてやる」 In the Room 啓介はまだそれ程暖まっていないこたつに入りながら部屋を見回した。 行儀が良い行為とは言えないが、好奇心がそれを上回ってしまう。 まず、セミダブルのベッドが目に入る。その上には先ほどまで渉が着ていたダウンジャケットが放り投げられていた。それから、シルバーラック。部屋のわりには大きな液晶テレビとAV・オーディオ機器が並べられている。そして、部屋の隅に置かれた子供の背丈ほどのスピーカー。 そこまで物色したところで、バスルームから渉が出てきた。 「お湯溜めてるからあと10分くらいで入れる。入ってけば?暖まるぜ」 「もう少ししたら帰る。でも男の一人暮らしでわざわざ風呂張るやつ初めて見た。シャワーで良くないか?」 啓介が言うと、渉は俺は風呂派なの、と言いながら棚から急須を出していた。 「これ、お湯入れて」 茶葉の入った急須を受け取り、啓介は手を伸ばして言われるままポットからお湯を注ぐ。 「さすがに冷えるな。外に雪が降ってると思うとなおさら寒くなる」 渉はお茶を啜りながら、リモコンでエアコンのスイッチを入れた。 「お前のアニキは相変わらず忙しいのか」 「ああ、研究室に泊まりっぱなしでここ1週間はまともに会ってない」 「それで、お前は?急がしくねぇの?」 「俺は今あんま授業取ってねぇし、レポート出しゃいいって授業が多いから」 「ふうん。それで、アニキのおつかいを頼まれたわけか」 渉は頬杖をつきながらニヤリと笑って啓介を見た。 啓介は、渉のこういうところが好きじゃない。いつまでも子供扱いしてる誰かに似ているからだ。 ―――つい、同じように甘えてしまいそうになる。 渉の言葉に少し眉をしかめて、啓介は反論した。 「俺だって暇じゃねぇ」 「いいだろ、別に暇だってさ。日本の大学生ってのは世界で一番勉強しない生き物なんだろ」 渉はタバコに火を付け、気持ち良さそうに息を吐き出して言った。 「今日は泊まってけよ」 まただ。 やっぱり、渉の笑い方は好きじゃない。 To be continued... |